カトリック神田教会

St. FRANCIS XAVIER CHURCH

第六代東京教区長土井辰雄枢機卿様司教座

この司教座の由来


土井枢機卿様
カトリック神田教会は古くは初代教区長 オゾーフ大司教様の時代、築地教会に司教座聖堂(カテドラル)が建設されるまで、一時的に仮司教座聖堂(プロカテドラル)として使用された記録が残されています。また第2次世界大戦の空襲により関口の司教座聖堂が焼失したため、1952年から1964年までの間、再びこの聖堂が東京教区の司教座聖堂として使用されました。ここに展示されている荘厳な椅子は土井枢機卿様(写真上)が司教座(カテドラ)として用いられたものです。

私たち神田教会はこの司教座を大切に保管し、東京教区を導く重責を担われた歴代の司教様方への感謝の念を捧げるとともに、教区長として働かれる東京大司教様のために祈ることを私たちの使命と考えております。

また、この司教座に座られた土井枢機卿様の前で司祭叙階を受けた数多くの司祭達(その中には白柳枢機卿様もおられます)のために祈ります。さらにはカテドラルとしてこの聖堂が用いられた意味を今日においても引継ぎ、東京全体の母教会としてほかの教会のためにも心を配る教会となることを目指します。それゆえ、教会の母である聖母マリアの取次ぎとご保護を願い、そのご像の下にこの司教座を保管します。

※カテドラルとは、司教座(カテドラ)の置かれている聖堂を意味し、その教区の母教会としての使命を担います。


司教座がある頃の神田教会聖堂内部
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本日の福音

  • 2019.03.19 聖ヨセフ

     ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。 マリアは男の子を産む。その子をイエスと吊付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。《ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり[にした](マタイ1・16、18*21、24a)

    または、

     [イエスの]両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。 祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい、それから、親類や知人の間を捜し回ったが、 見つからなかったので、捜しながらエルサレムに引き返した。 三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた。両親はイエスを見て驚き、母が言った。「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。《すると、イエスは言われた。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。《 しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。(ルカ2・41*51a)

  • 聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation (c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

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