カトリック神田教会

St. FRANCIS XAVIER CHURCH

マドニーナ

ヨーロッパの古い町を歩くと、街角の建物にマリア様の絵や御像が飾られていることに気がつきます。道行く人々も立ち止まって、お祈りしています。これらのモニュメントを、マドニーナ(イタリア語で小さなマリア様という意味)と呼んでいます。


この神田教会の庭にも、マリア様を慕う方々の善意によって、このマドニーナが出来ました。六本の柱は、聖堂の十二本の柱の半分ですが、小さな聖堂を意味します。屋根と台座は、十二角形をしており、屋根の十二は天の教会、台座の十二は地上の教会を表しており、床のモザイクは、アベ・マリス・ステラ(海の星)をモチーフとしております。

正面のニッチには、フレスコ画(漆喰が乾く前に絵の具や顔料をしみ込ませるように描かれたもの)のマリア様の名画が飾られています。左右にはベンチも置かれていますので、座ってお祈りもできます。

このマドニーナが、いつまでも皆様の心の憩いの場となりますように。

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本日の福音

  • 2019.03.19 聖ヨセフ

     ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。 マリアは男の子を産む。その子をイエスと吊付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。《ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり[にした](マタイ1・16、18*21、24a)

    または、

     [イエスの]両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。 祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい、それから、親類や知人の間を捜し回ったが、 見つからなかったので、捜しながらエルサレムに引き返した。 三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた。両親はイエスを見て驚き、母が言った。「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。《すると、イエスは言われた。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。《 しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。(ルカ2・41*51a)

  • 聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation (c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

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