カトリック神田教会

St. FRANCIS XAVIER CHURCH

ステンドグラス 第3窓

第3窓
唯一の主、神の御ひとり子、イエス・キリストを信じる。

この窓は原罪と、我らを原罪から救うために天から下って葬られた救世主のキリストの実在を絵画的に現わしている。

1 ・2 、罪や世界の調和を破るシンボルとして現わしている、アべルを殺しているカインの場面とウサギに噛み付くライオンの場面。
3 、最初の人間を誘惑して神に対して罪を被せた天使(つまり、サタンや悪魔)の罪を抽象的に語る窓。
教会の教えによると、その天使はもともと善い天使だったが、神と天国に対して自分の意志によって全面的に反抗したものである。堕落した天使をしのぎ、馬に乗っているキリストの像は黙示録に喩えられている。「そして、わたしは天が開かれているのを見た。すると、見よ、白い馬が現れた。それに乗っている方は、『誠実』 および『真実』と呼ばれて、正義をもって裁き、また戦われる。」(黙19 章11 節)。
4 、神に対する信頼、また神と共にいるという幸福状熊を象徴している楽園から逃げていくアダムとエヴァ。
ステンドグラスでは、神が自分の子供を呼び戻すように手を伸ばしている。しかし、逃げつづけるアダムとエヴァの心には創造の神に対する信頼が消え去った。人間が認め尊重すべき越えてはいけない限界を象徴している楽園の木は強風に乱されている。「このようなわけで、一人の人によって、罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死はすべての人に及んだのです。」(ロマ5 章12 節)。
5 、幸福のエデンの園に対して苦労の園であるゲッセマネ。
ゲッセマネは孤独のイエスの精神的な苦しみを象徴している。その苦しみによって救世主は神に対する人間の信頼を挽回させたのである。「一人の罪によってすべての人に有罪の判決が下されたように、一人の正しい行為によって、すべての人が義とされて命を得ることになったのです。」(ロマ5 章18 節)。
6 、太陽で囲まれている聖母の像。
「お前のと女、お前の子孫と女の子孫の間にわたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕き、お前は彼のかかとを砕く。」(創3 章15 節)。処女マリアは月に立っており、そして彼女の足の下には蛇の形をしているサタンが見える。「また、天に大きなしるしが現れた。一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた。」(黙12 章1 節)。

窓の配置

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本日の福音

  • 2019.07.22 聖マリア(マグダラ)

     週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません。《マリアは墓の外に立って泣いていた。泣きながら身をかがめて墓の中を見ると、イエスの遺体の置いてあった所に、白い衣を着た二人の天使が見えた。一人は頭の方に、もう一人は足の方に座っていた。天使たちが、「婦人よ、なぜ泣いているのか《と言うと、マリアは言った。「わたしの主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしには分かりません。《こう言いながら後ろを振り向くと、イエスの立っておられるのが見えた。しかし、それがイエスだとは分からなかった。

     イエスは言われた。「婦人よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか。《マリアは、園丁だと思って言った。「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。わたしが、あの方を引き取ります。《イエスが、「マリア《と言われると、彼女は振り向いて、ヘブライ語で、「ラボニ《と言った。「先生《という意味である。イエスは言われた。「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから。わたしの兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい。『わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る』と。《マグダラのマリアは弟子たちのところへ行って、「わたしは主を見ました《と告げ、また、主から言われたことを伝えた。(ヨハネ20・1*2、11*18)

  • 聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation (c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

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