カトリック神田教会

St. FRANCIS XAVIER CHURCH

ステンドグラス 第6窓

第6窓
おとめマリアより御からだを受け、人となりたまえたイエス・キリストを信じる。

このステンドグラスはキリストの人格を表現しようとしている。

1 ・2 、愛と苦しみを象徴しているバラ。
3 、救世者が生まれる時刻を知り、星に導かれて遠く離れた国からやってきた三博士の礼拝。
彼らは、子供がメシアであることだと判って、イエスに敬意を表した。「『 私たちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。』 」「マタ2 章2 節)。
4 、エルサレムの入城は、受難の前の「ダビデの子」に対する敬意でもある。
その日、イエスに従う者たちは、「ホサナ(救い給え)」と叫ぶ神の子供たちや貧しい人たちである。「大勢の群衆は、イエスがエルサレムに来られると聞き、なつめやしの枝を持って迎えに出た。そして、叫び続けた。『 ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように、イスラエルの王に。』 」(ヨハネ12 章12-13 節)。この群衆の中には、後で「十字架につけろ」と叫ぶ者もいただろう。
5 、荒野で誘惑を受けるイエス。
「イエスは[. . . ]、荒れ野の中を(《霊》) によって引き回され、四十日間、悪魔から誘惑を受けられた。」(ルカ4 章1-2 節)。誇り高い若者の姿を取ったサタンは、世界の支配力を約束してキリストからの敬意を待っている。この場面は、神である子に対する三博士の礼拝に対照している。イエスは、一般の人と同様に誘惑を受けていたが、神の臣下らしく神の意思に従うことにした。つまり、イエスは、最初のアダムが誘惑に負けたことに対して、誠実を守った新しいアダムである。
6 、群集の前、ピラトに取り調べられるイエス。
「イエスは茨の冠をかぶり、紫の服を着けて出て来られた。ピラトは、『 見よ、この男だ』 と言った。」(ヨハ19 章5 節)。

窓の配置

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本日の福音

  • 2018.08.22 天の元后聖マリア

     [そのとき、イエスは弟子たちにこのたとえを語られた。]「天の国は次のようにたとえられる。ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うために、夜明けに出かけて行った。主人は、一日につき一デナリオンの約束で、労働者をぶどう園に送った。また、九時ごろ行ってみると、何もしないで広場に立っている人々がいたので、『あなたたちもぶどう園に行きなさい。ふさわしい賃金を払ってやろう』と言った。それで、その人たちは出かけて行った。主人は、十二時ごろと三時ごろにまた出て行き、同じようにした。 五時ごろにも行ってみると、ほかの人々が立っていたので、『なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか』と尋ねると、 彼らは、『だれも雇ってくれないのです』と言った。主人は彼らに、『あなたたちもぶどう園に行きなさい』と言った。 夕方になって、ぶどう園の主人は監督に、『労働者たちを呼んで、最後に来た者から始めて、最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい』と言った。

      そこで、五時ごろに雇われた人たちが来て、一デナリオンずつ受け取った。最初に雇われた人たちが来て、もっと多くもらえるだろうと思っていた。しかし、彼らも一デナリオンずつであった。 それで、受け取ると、主人に上平を言った。 『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。』主人はその一人に答えた。『友よ、あなたに上当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。 自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。』このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。《(マタイ20・1*16)

  • 聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation (c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

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