カトリック神田教会

St. FRANCIS XAVIER CHURCH

ステンドグラス2階

2階聖歌隊席の三つの窓

2階聖歌隊席のステンドグラスは日本のキリスト教史の殉教者に捧げられている。三百年余り続いたキリスト教の弾圧はとても残酷だった。ステンドグラスに描かれている殉教事件や聖人の姿は数多くから選択されたほんの一部である。数百人のキリシタンが集団でまたは別々に火刑に処されたり、十字架につけられたり、拷門され殺されたのである。

中央の窓
1 と2 、和服を身につけている聖母マリア。彼女の手から流れて両側の窓へ広がる光線は日本全国を抱えようとしている。両側の窓の背景をよく見ると、お馴染みの海や山や丘や田や植物や雲や空、つまり日本的な風景を見つけること ができる。3 、八代の殉教者の十字架。手前には、自分の子を見せている聖母マリア、背景には薄い雲がかかっている空と富士山。

4 、幸福のイザべラと息子イグナチオ。
5 、細川ガラシア。
6 、福者ペトロ・カスイ・岐部(江戸、1638 ) 。
7 、橋本テクラと子供たち(京都、1619 ) 。

左側の窓
1 、十字架を手にしているフランシスコ・ザビエルの来日(1549 年7 月15 日)。背景には山や海が見える。2 、江戸の殉教。

3 、殉教者:手前にはアダム荒川(1614 ) 、左手には鹿児島のレオン宰相(1608 )、右手には雲仙の内堀パウロ作右衛門(1627 ) 、それから玄可・ガスパルと家族(1609 ) 、広島・山口の殉教者の富山フランシスコ甚太郎(1624)と山口の熊谷元尚(1605 )、江戸の原ジョアン主水( 1623 ) n

右側の窓
1、九州のキリシタン大名の大友宗麟(1530 – 1587 ) ,彼はフランシスコ・ザビエルを暖かく歓迎しただけではなく、自分自身も洗礼を受けたのである。
2 、殉教者:手前には長崎のミゲル薬屋とケイアン・ニコラス(1633 ) 、左手には小倉の隼人ディエゴ加賀山と家族(1619)、右手の奥には、踏み絵をやらされている有馬の高橋アドリアノ主水の奥さん(1613 ) 03 、長崎の二十六聖人(1627 )。

戻る

バナー
バナー

本日の福音

  • 2019.07.22 聖マリア(マグダラ)

     週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません。《マリアは墓の外に立って泣いていた。泣きながら身をかがめて墓の中を見ると、イエスの遺体の置いてあった所に、白い衣を着た二人の天使が見えた。一人は頭の方に、もう一人は足の方に座っていた。天使たちが、「婦人よ、なぜ泣いているのか《と言うと、マリアは言った。「わたしの主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしには分かりません。《こう言いながら後ろを振り向くと、イエスの立っておられるのが見えた。しかし、それがイエスだとは分からなかった。

     イエスは言われた。「婦人よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか。《マリアは、園丁だと思って言った。「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。わたしが、あの方を引き取ります。《イエスが、「マリア《と言われると、彼女は振り向いて、ヘブライ語で、「ラボニ《と言った。「先生《という意味である。イエスは言われた。「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから。わたしの兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい。『わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る』と。《マグダラのマリアは弟子たちのところへ行って、「わたしは主を見ました《と告げ、また、主から言われたことを伝えた。(ヨハネ20・1*2、11*18)

  • 聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation (c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

新着情報

過去の新着情報