アメリカでの同時多発テロ
犠牲者の皆様への哀悼
2001年9月11日(火)アメリカで起こった同時多発テロは全世界に大きな衝撃と哀しみと怒りを生み出しました。どのような理由があろうと、このような暴力が許されてはなりません。神田教会に集う私達は、犠牲となられた方々に心から深い哀悼の意を表するものです。またご遺族の方々の一日も早い心の平安の回復をお祈りいたします。このようなことが二度と起こらないように、また暴力に報いるに暴力を行うのではなく、平和的解決を図り、全世界から憎しみの消える日が一日でも早く来ますように、心からお祈りいたします。
| 平和を愛するみなさんへ |
2001年10月4日
| 去る9月11日にアメリカ合衆国で起きた同時多発テロで犠牲になったすべての方たちに深い哀悼の意を表します。数千にのぼる罪のない
人々が生命を奪われ、多くの人々が肉体と精神に深い傷を負いました。生命を失った人々、怪我をした人、そしてこの暴力的で卑劣な行為に
よって、精神的な傷を負った多くの人々に私たちの祈りを捧げ、傷ついた方々が一日も早く快復されることを心から願っています。 このようなテロ行為は人間の尊厳への侵犯であり、人類全体への犯罪行為です。いかなる動機によるものであろうと、自らの目的を遂行する ために他の人間の生命を犠牲にし、抹殺するという行為は、正当化されるべきではありません。これは明らかに人道への罪であり、国連など 国際社会が国際刑事法廷を設置して、テロリストやその共犯者を国際法に基づいて厳正かつ公正に訴追し、処罰するべきです。 しかし、ブッシュ大統領は今回の暴挙に対して、「自由と民主主義」に対する攻撃であり戦争行為であるとみなし、断固とした武力報復を実 行すると宣言しました。 テロの犠牲者を悼み、その死に報いる途は、軍事的報復行動によって犠牲者の上に更に犠牲者を重ねることではないはずです。武力による 報復は、問題の解決をもたらすどころか、世界を暴力と憎しみの果てしない応酬の連鎖に引き込むだけです。しかも、その繰り返しの中で、テ ロ行為とは関係のない多数の一般市民の生命が、奪われることは不可避です。また多くの難民を作り出すことも明らかです。 紛争は、忍耐と信頼にもとづく対話、人間の尊厳にもとづく国際法の遵守、国際機関の活用などの平和的手段によって解決されるべきです。 さらに今回の惨事が引き起こされた経緯と原因を究明し、反省することが大切です。それは、なぜこのような事態が発生したのかをともに冷静 に見つめることであり、全人類が世界の平和を脅かす共通の課題に、共同責任をもって取り組んでいくためです。 これらのテロの根底には、南北問題(貧困、経済の不平等)、さまざまな差別、武力による外交などに由来する憎悪があります。これらの悪と 罪の連鎖という歴史の中に、私たちキリスト者も責任の一端があることを忘れてはいけません。 日本が今こそなすべきことは、アメリカに武力行使を思いとどまらせ、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、問題解決の方策をさぐ ることではないでしょうか。日本は国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇、または武力の行使を国際紛争を解決す る手段として永久に放棄しました。また、中東にも比較的中立な立場にある日本は、外交手段を通して、テロリズムを無くしていこうとする国際 社会をつくり、戦争ではない問題の解決を図ることができると信じます。貧困や抑圧を生んでいる仕組みを正していく役割を積極的に果たして いくこと、それこそが、テロを根絶し、平和をもたらすことにつながる国際貢献です。 私たちは、悲しみに打ちのめされたニューヨークをはじめ、アメリカの人々の間から、「復讐ではなく平和を!」という声が次第に湧き上がって いる知らせに励まされます。 教皇ヨハネ・パウロ二世は、9月12日の一般謁見で、「憎しみと暴力の悪循環がはびこることのないよう主に願いましよう。慈しみの御母が、 すべての人の心を、知恵ある考えと平和への思いで満たしてくださいますように」と祈りました。 世界の平和のために私たちに何ができるのでしょうか。国際社会として、日本として、教会として、個人として、といったそれぞれのレベルで できることを考えていきましょう。キリストは人々の憎しみと排斥の中にあって、「剣をさやに収めなさい」と弟子たちを戒め、和解とゆるしを願っ て十字架に上り、そのために自らの生命を差し出したのです。それは一見、無力な行為のように見えます。しかし、その十字架は予想し得な かった新しい生命を生んだのです。具体的に、今回のような難しい現実に立ち向かおうとする時、私たちはこのようなキリストの視点に立つこと が大切であると信じます。どんなに時間がかかっても、無駄に思えても、このキリストの生き方に従っていこうではありませんか。 最後に、教皇ヨハネ・パウロ二世の来日の折、広島で祈られた祈りをともに捧げたいと思います。
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| (教皇ヨハネ・パウロ二世『平和アピール』参照、1981年・於広島) |