主日(日曜)の聖書



灰の水曜日 2006.3.1

隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい
(マタイ 6・6より)



マタイによる福音(6.1-6、16−18)

 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕

「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。
さもないと、あなたがたの天の父のもとで
報いをいただけないことになる。

だから、あなたは施しをするときには、
偽善者たちが人からほめられようと会堂や街角でするように、
自分の前でラッパを吹き鳴らしてはならない。
はっきりあなたがたに言っておく。
彼らは既に報いを受けている。

施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。
あなたの施しを人目につかせないためである。
そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。

祈るときにも、あなたがたは偽善者のようであってはならない。
偽善者たちは、人に見てもらおうと、
会堂や大通りの角に立って祈りたがる。
はっきり言っておく。
彼らは既に報いを受けている。

だから、あなたが祈るときは、
奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、
隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。
そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。

断食するときには、あなたがたは偽善者のように
沈んだ顔つきをしてはならない。
偽善者は、断食しているのを人に見てもらおうと、顔を見苦しくする。
はっきり言っておく。
彼らは既に報いを受けている。

あなたは、断食するとき、頭に油をつけ、顔を洗いなさい。

それは、あなたの断食が人に気づかれず、
隠れたところにおられるあなたの父に見ていただくためである。
そうすれば、隠れたことを見ておられる
あなたの父が報いてくださる。」









四旬節第1主日 2006.3.5

この水で前もって表された洗礼は、
今や……あなたがたをも救う
(一ペトロ 3・21より)





マルコによる福音(1.12-15)

 〔そのとき、〕“霊”はイエスを荒れ野に送り出した。

イエスは四十日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた。
その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた。

 ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、
神の福音を宣べ伝えて、

「時は満ち、神の国は近づいた。
悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。









四旬節第2主日 2006.3.12

あなたは、自分の独り子である息子すら、
わたしにささげることを惜しまなかった
(創世記22・12より)





マルコによる福音(9・2-10)

 〔そのとき、〕
 イエスは、ただペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。
イエスの姿が彼らの目の前で変わり、

服は真っ白に輝き、
この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった。

エリヤがモーセと共に現れて、イエスと語り合っていた。

ペトロが口をはさんでイエスに言った。
「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。
仮小屋を三つ建てましょう。
一つはあなたのため、
一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」

ペトロは、どう言えばよいのか、分からなかった。
弟子たちは非常に恐れていたのである。

すると、雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。
「これはわたしの愛する子。これに聞け。」

弟子たちは急いで辺りを見回したが、もはやだれも見えず、
ただイエスだけが彼らと一緒におられた。
 
一同が山を下りるとき、イエスは、
「人の子が死者の中から復活するまでは、
今見たことをだれにも話してはいけない」と弟子たちに命じられた。

彼らはこの言葉を心に留めて、
死者の中から復活するとはどういうことかと論じ合った。









四旬節第3主日 2006.3.19

律法はモーセを通して与えられた
(第一朗読主題句 ヨハネ1・17参照)





ヨハネによる福音(2・13-25)

 ユダヤ人の過越祭が近づいたので、
イエスはエルサレムへ上って行かれた。

そして、神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たちと、
座って両替をしている者たちを御覧になった。

イエスは縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、
両替人の金をまき散らし、その台を倒し、

鳩を売る者たちに言われた。
「このような物はここから運び出せ。
わたしの父の家を商売の家としてはならない。」

弟子たちは、
「あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす」
と書いてあるのを思い出した。

ユダヤ人たちはイエスに、
「あなたは、こんなことをするからには、
どんなしるしをわたしたちに見せるつもりか」と言った。

イエスは答えて言われた。
「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」

それでユダヤ人たちは、
「この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、
あなたは三日で建て直すのか」と言った。

イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである。

イエスが死者の中から復活されたとき、
弟子たちは、イエスがこう言われたのを思い出し、
聖書とイエスの語られた言葉とを信じた。

 イエスは過越祭の間エルサレムにおられたが、
そのなさったしるしを見て、多くの人がイエスの名を信じた。

しかし、イエス御自身は彼らを信用されなかった。
それは、すべての人のことを知っておられ、
人間についてだれからも証ししてもらう必要がなかったからである。
イエスは、何が人間の心の中にあるかをよく知っておられたのである。









四旬節第4主日 2006.3.26

モーセが荒れ野で蛇を上げたように、
人の子も上げられなければならない
(ヨハネ3・14)





ヨハネによる福音(3・14-21)

 〔そのとき、イエスはニコデモに言われた。〕

「モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。

それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。
 
神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。
独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。

神が御子(みこ)を世に遣わされたのは、
世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。

御子を信じる者は裁かれない。
信じない者は既に裁かれている。
神の独り子の名を信じていないからである。

光が世に来たのに、
人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。
それが、もう裁きになっている。

悪を行う者は皆、光を憎み、
その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。

しかし、真理を行う者は光の方に来る。
その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」