主日(日曜)の聖書



年間第4主日 2008.2.3

心の清い人々は、幸いである、
その人たちは神を見る
(マタイ 5・8より)





マタイによる福音 (5・1−12


   〔そのとき、〕イエスは群衆を見て、山に登られた。
腰を下ろされると、弟子たちが近くに寄って来た。

そこで、イエスは口を開き、教えられた。

 「心の貧しい人々は、幸いである、
」天の国はその人たちのものである。
 
悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。
 
柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ。
 
義に飢え渇く人々は、幸いである、その人たちは満たされる。
 
憐れみ深い人々は、幸いである、
その人たちは憐れみを受ける。
 
心の清い人々は、幸いである、その人たちは神を見る。
 
平和を実現する人々は、幸いである、
その人たちは神の子と呼ばれる。
 
義のために迫害される人々は、幸いである、
天の国はその人たちのものである。

わたしのためにののしられ、迫害され、
身に覚えのないことであらゆる悪口(あっこう)を浴びせられるとき、
あなたがたは幸いである。

喜びなさい。大いに喜びなさい。
天には大きな報いがある。」










灰の水曜日 2008.2.6

隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい
(マタイ 6・6より)




マタイによる福音 (6・1−6、16−18)

   〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕

「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。
さもないと、あなたがたの天の父のもとで報いをいただけないことになる。

だから、あなたは施しをするときには、
偽善者たちが人からほめられようと会堂や街角でするように、
自分の前でラッパを吹き鳴らしてはならない。
はっきりあなたがたに言っておく。
彼らはすでに報いを受けている。

施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。

あなたの施しを人目につかせないためである。
そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。

祈るときにも、あなたがたは偽善者のようであってはならない。
偽善者たちは、人に見てもらおうと、
会堂や大通りの角に立って祈りたがる。
はっきり言っておく。
彼らは既に報いを受けている。

だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、
隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。
そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。

断食するときには、
あなたがたは偽善者のように沈んだ顔つきをしてはならない。
偽善者は、断食しているのを人に見てもらおうと、顔を見苦しくする。
はっきり言っておく。
彼らは既に報いを受けている。

あなたは、断食するとき、頭に油をつけ、顔を洗いなさい。

それは、あなたの断食が人に気づかれず、
隠れたところにおられるあなたの父に見ていただくためである。
そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。」









四旬節第1主日 2008.2.10

罪が増したところには、
恵みはなおいっそう満ちあふれた
(第2朗読主題句)





マタイによる福音 (4・1−11)

   〔そのとき、〕イエスは悪魔から誘惑を受けるため、
“霊”に導かれて荒れ野に行かれた。

そして四十日間、昼も夜も断食(だんじき)した後(のち)、
空腹を覚えられた。

すると、誘惑する者が来て、イエスに言った。
「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。」

イエスはお答えになった。
 「『人はパンだけで生きるものではない。
 神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」

次に、悪魔はイエスを聖なる都に連れて行き、
神殿の屋根の端に立たせて、

言った。
「神の子なら、飛び降りたらどうだ。
 『神があなたのために天使たちに命じると、
 あなたの足が石に打ち当たることのないように、
 天使たちは手であなたを支える』と書いてある。」

イエスは、「『あなたの神である主を試してはならない』
とも書いてある」と言われた。

更(さら)に、悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、
世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せて、

「もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう」と言った。

すると、イエスは言われた。
「退け、サタン。
 『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ』と書いてある。」

そこで、悪魔は離れ去った。
すると、天使たちが来てイエスに仕えた。










四旬節第2主日 2008.2.17

顔は太陽のように輝き、
服は光のように白くなった
(マタイ17・2より)





マタイによる福音 (17・1−9)

   〔そのとき、〕イエスは、
ペトロ、それにヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、
高い山に登られた。

イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、
服は光のように白くなった。

見ると、モーセとエリヤが現れ、イエスと語り合っていた。

ペトロが口をはさんでイエスに言った。
「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。
お望みでしたら、わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう。
一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」

ペトロがこう話しているうちに、光り輝く雲が彼らを覆(おお)った。
すると、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適(かな)う者。
これに聞け」という声が雲の中から聞こえた。

弟子たちはこれを聞いてひれ伏し、非常に恐れた。

イエスは近づき、彼らに手を触れて言われた。
「起きなさい。恐れることはない。」

彼らが顔を上げて見ると、イエスのほかにはだれもいなかった。
 
一同が山を下りるとき、イエスは、
「人の子が死者の中から復活するまで、
今見たことをだれにも話してはならない」
と弟子たちに命じられた。〕










四旬節第3主日 2008.2.24

わたしが与える水を飲む者は
決して乾かない
(ヨハネ4・14より)





ヨハネによる福音 (4・5−15、19b−26、39a、40−42)

   〔そのとき、イエスは、〕
ヤコブがその子ヨセフに与えた土地の近くにある、
シカルというサマリアの町に来られた。

そこにはヤコブの井戸があった。
イエスは旅に疲れて、そのまま井戸のそばに座っておられた。
正午ごろのことである。
 
サマリアの女が水をくみに来た。
イエスは、「水を飲ませてください」と言われた。

弟子たちは食べ物を買うために町に行っていた。

すると、サマリアの女は、
「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、
どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」と言った。
ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからである。

イエスは答えて言われた。
「もしあなたが、神の賜物(たまもの)を知っており、
また、『水を飲ませてください』
と言ったのがだれであるか知っていたならば、
あなたの方からその人に頼み、
その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」

女は言った。
「主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。
どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。

あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。
ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、
彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです。」

イエスは答えて言われた。
「この水を飲む者はだれでもまた渇く。

しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。
わたしが与える水はその人の内で泉となり、
永遠の命に至る水がわき出る。」

女は言った。「主よ、渇くことがないように、
また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」

あなたは預言者だとお見受けします。

わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、
あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています。」

イエスは言われた。
「婦人よ、わたしを信じなさい。
あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、
父を礼拝する時が来る。

あなたがたは知らないものを礼拝しているが、
わたしたちは知っているものを礼拝している。
救いはユダヤ人から来るからだ。

しかし、まことの礼拝をする者たちが、
霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。
今がその時である。
なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。

神は霊である。
だから、神を礼拝する者は、
霊と真理をもって礼拝しなければならない。」

女が言った。
「わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。
その方が来られるとき、
わたしたちに一切(いっさい)のことを知らせてくださいます。」

イエスは言われた。
「それは、あなたと話をしているこのわたしである。」
 
 さて、その町の多くのサマリア人は、イエスを信じた。

そこで、このサマリア人たちはイエスのもとにやって来て、
自分たちのところにとどまるようにと頼んだ。
イエスは、二日間そこに滞在された。

そして、更(さら)に多くの人々が、イエスの言葉を聞いて信じた。

彼らは女に言った。「わたしたちが信じるのは、
もうあなたが話してくれたからではない。
わたしたちは自分で聞いて、
この方が本当に世の救い主であると分かったからです。」