主日(日曜)の聖書



四旬節第4主日 2008.3.2

彼は行って洗い、
目が見えるようになって、帰ってきた
(ヨハネ9・7より)





ヨハネによる福音 (9・1、6−9、13ー17、34−38)

   〔そのとき、〕イエスは通りすがりに、
生まれつき目の見えない人を見かけられた。

イエスは地面に唾(つば)をし、
唾で土をこねてその人の目にお塗りになった。

そして、「シロアム――『遣わされた者』という意味――の池に行って
洗いなさい」と言われた。
そこで、彼は行って洗い、目が見えるようになって、帰って来た。

近所の人々や、彼が物乞(ものご)いであったのを前に見ていた人々が、
「これは、座って物乞いをしていた人ではないか」と言った。

「その人だ」と言う者もいれば、
「いや違う。似ているだけだ」と言う者もいた。
本人は、「わたしがそうなのです」と言った。

 人々は、前に盲人であった人を
ファリサイ派の人々のところへ連れて行った。

イエスが土をこねてその目を開けられたのは、
安息日(あんそくび)のことであった。

そこで、ファリサイ派の人々も、
どうして見えるようになったのかと尋ねた。
彼は言った。
「あの方が、わたしの目にこねた土を塗りました。
そして、わたしが洗うと、見えるようになったのです。」

ファリサイ派の人々の中には、
「その人は、安息日を守らないから、神のもとから来た者ではない」
と言う者もいれば、「どうして罪のある人間が、
こんなしるしを行うことができるだろうか」と言う者もいた。
こうして、彼らの間で意見が分かれた。

そこで、人々は盲人であった人に再び言った。
「目を開けてくれたということだが、
いったい、お前はあの人をどう思うのか。」
彼は「あの方は預言者です」と言った。
 
彼らは、「お前は全く罪の中に生まれたのに、
我々に教えようというのか」と言い返し、彼を外に追い出した。
 
イエスは彼が外に追い出されたことをお聞きになった。
そして彼に出会うと、「あなたは人の子を信じるか」と言われた。
彼は答えて言った。
「主よ、その方はどんな人ですか。その方を信じたいのですが。」

イエスは言われた。
「あなたは、もうその人を見ている。
あなたと話しているのが、その人だ。」

彼〔は、〕「主よ、信じます」と言って、ひざまず〔いた。〕










四旬節第5主日 2008.3.9

わたしを信じる者は、死んでも生きる
(ヨハネ11・25より)





ヨハネによる福音 (11・3−7、17、20−27、33bー45)

   〔そのとき、ラザロの〕姉妹たちはイエスのもとに人をやって、
「主よ、あなたの愛しておられる者が病気なのです」と言わせた。

イエスは、それを聞いて言われた。
「この病気は死で終わるものではない。
神の栄光のためである。
神の子がそれによって栄光を受けるのである。」

イエスは、マルタとその姉妹とラザロを愛しておられた。

ラザロが病気だと聞いてからも、なお二日間同じ所に滞在された。

それから、弟子たちに言われた。
「もう一度、ユダヤに行こう。」

 さて、イエスが行って御覧になると、
ラザロは墓に葬(ほうむ)られて既(すで)に四日もたっていた。

マルタは、イエスが来られたと聞いて、迎えに行ったが、
マリアは家の中に座っていた。

マルタはイエスに言った。
「主よ、もしここにいてくださいましたら、
わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。

しかし、あなたが神にお願いになることは何でも神はかなえてくださると、
わたしは今でも承知しています。」

イエスが、「あなたの兄弟は復活する」と言われると、

マルタは、「終わりの日の復活の時に復活することは存じております」と言った。

イエスは言われた。
「わたしは復活であり、命である。
わたしを信じる者は、死んでも生きる。

生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。
このことを信じるか。」

マルタは言った。
「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、
メシアであるとわたしは信じております。」

 〔イエスは〕心に憤(いきどお)りを覚え、興奮して、

言われた。「どこに葬ったのか。」
彼らは、「主よ、来て、御覧ください」と言った。

イエスは涙を流された。

ユダヤ人たちは、「御覧なさい、どんなにラザロを愛しておられたことか」と言った。

しかし、中には、「盲人の目を開けたこの人も、
ラザロが死なないようにはできなかったのか」と言う者もいた。


 イエスは、再び心に憤りを覚えて、墓に来られた。
墓は洞穴(ほらあな)で、石でふさがれていた。

イエスが、「その石を取りのけなさい」と言われると、
死んだラザロの姉妹マルタが、
「主よ、四日もたっていますから、もうにおいます」と言った。

イエスは、「もし信じるなら、神の栄光が見られると、
言っておいたではないか」と言われた。

人々が石を取りのけると、イエスは天を仰(あお)いで言われた。
「父よ、わたしの願いを聞き入れてくださって感謝します。

わたしの願いをいつも聞いてくださることを、わたしは知っています。
しかし、わたしがこう言うのは、周りにいる群衆のためです。
あなたがわたしをお遣(つか)わしになったことを、彼らに信じさせるためです。」

こう言ってから、「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫ばれた。

すると、死んでいた人が、手と足を布で巻かれたまま出て来た。
顔は覆いで包まれていた。
イエスは人々に、「ほどいてやって、行かせなさい」と言われた。

 マリアのところに来て、
イエスのなさったことを目撃したユダヤ人の多くは、イエスを信じた。










受難の主日(枝の主日)A年 2008.3.16

「本当に、この人は神の子だった。」
(マタイ27・54より)





マタイによる福音 (21・1−11)

   〔イエスの〕一行がエルサレムに近づいて、
オリーブ山沿(やまぞ)いのベトファゲに来たとき、
イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、

言われた。
「向こうの村へ行きなさい。
するとすぐ、ろばがつないであり、一緒に子ろばのいるのが見つかる。
それをほどいて、わたしのところに引いて来なさい。

もし、だれかが何か言ったら、
『主がお入り用なのです』と言いなさい。すぐ渡してくれる。」

それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。

 「シオンの娘に告げよ。
 『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、
 柔和(柔和)な方で、ろばに乗り、
 荷を負うろばの子、子ろばに乗って。』」

弟子たちは行って、イエスが命じられたとおりにし、

ろばと子ろばを引いて来て、その上に服をかけると、
イエスはそれにお乗りになった。

大勢の群衆が自分の服を道に敷き、
また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。

そして群衆は、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ。

 「ダビデの子にホサナ。
 主の名によって来られる方に、祝福があるように。
 いと高きところにホサナ。」

イエスがエルサレムに入られると、都中の者が、
「いったい、これはどういう人だ」と言って騒いだ。

そこで群衆は、
「この方は、ガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と言った。





     マタイによる主イエス・キリストの受難(27・11ー54)

    
  〔そのとき、〕イエスは総督(そうとく)の前に立たれた。総督がイエスに尋問した。「お前がユダヤ人の王なのか。」イエスは言われた。「それは、あなたが言っていることです。」祭司長たちや長老たちから訴えられている間、これには何もお答えにならなかった。するとピラトは言った。「あのようにお前に不利な証言をしているのに、聞こえないのか。」それでも、どんな訴えにもお答えにならなかったので、総督は非常に不思議に思った。
 
ところで、祭りの度ごとに、総督は民衆の希望する囚人を一人釈放することにしていた。そのころ、バラバ・イエスという評判の囚人がいた。ピラトは、人々が集まって来たときに言った。「どちらを釈放してほしいのか。バラバ・イエスか。それともメシアといわれるイエスか。」人々がイエスを引き渡したのは、ねたみのためだと分かっていたからである。一方、ピラトが裁判の席に着いているときに、妻から伝言があった。「あの正しい人に関係しないでください。その人のことで、わたしは昨夜、夢で随分苦しめられました。」しかし、祭司長たちや長老たちは、バラバを釈放して、イエスを死刑に処(しょ)してもらうようにと群衆を説得した。そこで、総督が言った。「二人のうち、どちらを釈放してほしいのか。」人々は言った。「バラバを」ピラトが言った。「では、メシアといわれているイエスの方は、どうしたらよいか。」皆は言った。「十字架につけろ。」ピラトは言った。「いったいどんな悪事を働いたというのか。」群衆はますます激しく叫び続けた。「十字架につけろ」ピラトは、それ以上言っても無駄なばかりか、かえって騒動が起こりそうなのを見て、水を持って来させ、群衆の前で手を洗って言った。「この人の血について、わたしには責任がない。お前たちの問題だ。」民はこぞって答えた。「その血の責任は、我々と子孫にある。」そこで、ピラトはバラバを釈放し、イエスを鞭(むち)打ってから、十字架につけるために引き渡した。
 
それから、総督の兵士たちは、イエスを総督官邸に連れて行き、部隊の全員をイエスの周りに集めた。そして、イエスの着ている物をはぎ取り、赤い外套(がいとう)を着せ、茨(いばら)で冠を編んで頭に載せ、また、右手に葦(あし)の棒を持たせて、その前にひざまずき侮辱して言った。「ユダヤ人の王、万歳」また、唾(つば)を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたき続けた。このようにイエスを侮辱したあげく、外套を脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行った。 兵士たちは出て行くと、シモンという名前のキレネ人に出会ったので、イエスの十字架を無理に担(かつ)がせた。そして、ゴルゴタという所、すなわち「されこうべの場所」に着くと、苦(にが)いものを混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはなめただけで、飲もうとされなかった。彼らはイエスを十字架につけると、くじを引いてその服を分け合い、そこに座って見張りをしていた。イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである」と書いた罪状書き(ざいじょうがき)を掲(かか)げた。

折から、イエスと一緒に二人の強盗が、一人は右にもう一人は左に、十字架につけられていた。そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって、言った。「神殿を打ち倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。」同じように、祭司長たちも律法(りっぽう)学者たちや長老たちと一緒に、イエスを侮辱して言った。「他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。神に頼っているが、神の御心(みこころ)ならば、今すぐ救ってもらえ。『わたしは神の子だ』と言っていたのだから。」一緒に十字架につけられた強盗たちも、同じようにイエスをののしった。 

さて、昼の十二時に、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。そこに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、「この人はエリヤを呼んでいる」と言う者もいた。そのうちの一人が、すぐに走り寄り、海綿(かいめん)を取って酸(す)いぶどう酒を含ませ、葦の棒に付けて、イエスに飲ませようとした。ほかの人々は、「待て、エリヤが彼を救いに来るかどうか、見ていよう」と言った。しかし、イエスは再び大声で叫び、息を引き取られた。

      (頭を下げて、しばらく沈黙のうちに祈る)

そのとき、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つ(まっぷたつ)に裂け、地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った。そして、イエスの復活の後、墓から出て来て、聖なる都に入り、多くの人々に現れた。百人隊長や一緒にイエスの見張りをしていた人たちは、地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、言った。「本当に、この人は神の子だった」










復活の主日・復活の聖なる徹夜祭 A年 
2008.3・23






   マタイによる福音 (28・1−10)

 さて、安息日(あんそくび)が終わって、週の初めの日の明け方に、
マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った。

すると、大きな地震が起こった。
主の天使が天から降(くだ)って近寄り、石をわきへ転がし、
その上に座ったのである。

その姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように白かった。

番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。

天使は婦人たちに言った。
「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、

あの方は、ここにはおられない。
かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。
さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。

それから、急いで行って弟子たちにこう告げなさい。
『あの方は死者の中から復活された。
そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。
そこでお目にかかれる。』
確かに、あなたがたに伝えました。」

婦人たちは、恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、
弟子たちに知らせるために走って行った。

すると、イエスが行く手に立っていて、
「おはよう」と言われたので、婦人たちは近寄り、
イエスの足を抱き、その前にひれ伏した。

イエスは言われた。
「恐れることはない。
行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。
そこでわたしに会うことになる。」










復活の主日・日中のミサ A年
2008.3.23


主が墓から取り去らせました
(ヨハネ20・2より)





ヨハネによる福音(20・1−9)

 週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、
マグダラのマリアは墓に行った。
そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。

そこで、シモン・ペトロのところへ、
また、イエスが愛しておられた
もう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。
「主が墓から取り去られました。
どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません。」

そこで、ペトロとそのもう一人の弟子は、外に出て墓へ行った。

二人は一緒に走ったが、
もう一人の弟子の方が、ペトロより速く走って、先に墓に着いた。

身をかがめて中をのぞくと、亜麻布(あまぬの)が置いてあった。
しかし、彼は中には入らなかった。

続いて、シモン・ペトロも着いた。
彼は墓に入り、亜麻布が置いてあるのを見た。

イエスの頭を包んでいた覆(おお)いは、
亜麻布と同じ所には置いてなく、離れた所に丸めてあった。

それから、先に墓に着いたもう一人の弟子も入って来て、
見て、信じた。

イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、
二人はまだ理解していなかったのである。










復活節第2主日 2008.3.30
(神のいつくしみの主日)


あなたがたに平和があるように
(ヨハネ20・19より)





ヨハネによる福音(20・19−31)

 その日、すなわち週の初めの日の夕方、
弟子たちはユダヤ人を恐れて、
自分たちのいる家の戸に鍵(かぎ)をかけていた。
そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、
「あなたがたに平和があるように」と言われた。

そう言って、手とわき腹とをお見せになった。
弟子たちは、主を見て喜んだ。

イエスは重ねて言われた。
「あなたがたに平和があるように。
父がわたしをお遣(つか)わしになったように、
わたしもあなたがたを遣わす。」

そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。
「聖霊を受けなさい。

だれの罪でも、あなたがたが赦(ゆる)せば、その罪は赦される。
だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」

 十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、
イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。

そこで、ほかの弟子たちが、
「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。
「あの方の手に釘(くぎ)の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、
また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」

さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。
戸にはみな鍵がかけてあったのに、
イエスが来て真ん中に立ち、
「あなたがたに平和があるように」と言われた。

それから、トマスに言われた。
「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。
また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。
信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」

トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。

イエスはトマスに言われた。
「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」
 
このほかにも、イエスは弟子たちの前で、多くのしるしをなさったが、
それはこの書物に書かれていない。

これらのことが書かれたのは、
あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、
また、信じてイエスの名により命を受けるためである。