2002年8月19日(月)〜28日(水)の間、稲川神父様を中心にして神田教会や関口教会などの信徒の方が、サンティアゴ・ザビエル城・ルルド巡礼の旅に行かれました。その際の写真を、ご一緒に行かれたベルナデッタH.M.さんから頂きましたので掲載します。併せて、ご参加の信徒の方々が教会報のために書いて頂いた巡礼の旅の印象の文章を掲載させて頂きました。




最初はスペインのトレド市内一望の写真です。中心にあるのは大聖堂です。トレドにはいくつもの教会が当時のまま残っているそうです。独特な宗教画で有名な16世紀の画家エル・グレコが住んでいたことでも有名です。巡礼の旅はここから始まりました。




トレドのカテドラルです。フェルナンド3世が13世紀に建設を始め、15世紀末に完成したそうです。スペインにおけるカトリック教会として、最も格式のあるカテドラルと言われています。
大聖堂はゴシック様式ですが、内部の祭壇はロココ式です。有名なエル・グレコの絵画があります。

巡礼の旅に感謝して」

マリア・クララ H.E.

世界遺産のテレビ番組で 初めて見てから、必ず行ってみたいと夢にまで見たサンティアゴ・デ・コンポステラに加えて、 ハビエル城・ルルドへの巡礼の旅に参加出来ましたことは、神様の与えて下さった何と大きな愛のお恵みでしょう。旅行の前に入院し体調に不安もありましたが、神父様のお励ま しのお言葉に勇気を得て参加させていただきました。

巡礼の旅は素晴らしい感動の連続で、行く先々行なわれる御ミ サではあふれ出る涙が止まらず、幸せをかみしめる毎日でした。 私の心にはこの巡礼が契機となって触発されたあることが頭から離れません。 それは神様が私にお与えになった人生の課題だと思い、これからはそのために祈 りをささげていきたいと思っております。 お恵みと幸せを感謝しつつも、又このようなチャンスをお願いしてしまう、欲張りな私です。




サンチャゴ巡礼最後の道標です。ホタテガイは巡礼のシンボルだそうです。
スペイン北西部のサンチャゴ・デ・コンポステラは、イエス・キリストの12使徒のひとり
聖ヤコブ(スペイン語でサンチャゴ)の遺骸が埋葬されている聖地として知られています。





8月21日(水)にサンチャゴ・デ・コンポステラ(Santiago de Compostela)に着きました。この町は、「星の野の聖ヤコブ」と言う美しい名前で呼ばれており、ローマ、エルサレムとともにカトリックの三大聖地として知られています。

聖ヤコブはスペイン伝道に尽くしましたが、その墓が9世紀になってこの町で発見されました。2人の牧童が、星に導かれて森に入っていくと、星の光を反射して輝く石棺を見つけたそうです。正面に見えるのが大聖堂です。




サンチャゴ・デ・コンポステラのカテドラルの夜景です。ここは今も中世の門前町の面影を残し、この地方特産の花崗岩の建物が沢山あるそうです。

このカテドラルは11世紀後半から12世紀にかけて建てられたロマネスク様式の教会です。後にゴシック、ルネッサンス、バロックの各様式の増改築が重なっています。正面のファサードはバロック様式です。本当に素敵なカテドラルです。





サンチャゴ・デ・コンポステラのカテドラルの主祭壇です。美しさと荘厳さに圧倒されます。
17世紀の終わりから18世紀にかけて、ローマの聖ペトロ大聖堂を真似て改築されたそうです。


カテドラルの正面玄関はオブラドロイの門に続いて、「栄光の門」があり、その中央の円柱に聖ヤコブ(サンチャゴ)の像があります。この写真がそれです。

この柱の下には白くなった5本の指のくぼみがあります。これは、巡礼者が柱に触って祈りを捧げたため、柱が磨り減って出来たものだそうです。

そういえばヴァチカン、聖ペトロ大聖堂の聖ペトロ像も巡礼者が触れて随分磨り減った所がありましたね・・・。

「祈りは国境を超えて」

アンナ・マリア  K.T.  

大きな香炉から流れる香の煙が、サンティアゴ・デ・コンポステラの大聖堂を埋め尽くす巡礼者を包み、聖母のミサの祈りが聖堂の隅々まで広がっていく。目も顔の色も違う多くの国籍の巡礼者は、まるで昔から旧知の仲であるかのようにミサに溶け込んでいる。ルルドのポー川の静かな流れを背に、聖母のご出現があった洞窟の前には、数えきれない数の車椅子、担架に横たわる方々、多くの病者・巡礼者、そして、ボランティアの方々が祈りを捧げている。

夜のろうそく行列では、世界の各国語でロザリオが唱えられ、ルルドの聖母の聖歌が歌われる。聖母への敬愛と癒しを求める熱烈な願いが、ろうそくの光の中で燃えつづける。地球に広がる世界の中で、ここだけは別天地かと思うほど昇華された、違う空気を共有している。

巡礼に訪れたすべての地―トレド、サンティアゴ、レオン、ブルゴス、ロヨラ城、ザビエル城、ルルド―で、祈りの輪が幾重にも広がるのを感じた。キリスト教を信仰していない人も、この溶け合った祈りの雰囲気に大きな感動を覚えるという。 祈りには国境がない。しかし、人類には国境があり、時として信じている神の故に、いがみ合い、戦争をする。

人間の心が、神の思いと祈りと一致をゆがめているのだろうか。サンティアゴ、ロヨラ城、ザビエル城やルルドで感じた祈りの一体感、そしてだれでもみな友達と感じた心を一時の夢とせず、国境を超えた祈りの巡礼者となるために、これからも人生の旅路を、日々、巡礼したいと思っている。



サンティアゴ・デ・コンポステーラのカテドラルのファサード(正面)の写真をもう一枚掲載しておきます。





毎日12時が来ると巡礼のミサが始まり、そのとき、特にお願いした人があると、ボタフメイロ(Botafumeiro)と呼ばれる世界最大の銀の香炉が見られます。神田教会からも特別にお願いをしました。

これがその時の写真です。香を焚きしめた大きな香炉を、修道士がロープで吊り上げ、思いっきり振り下ろすと、堂内はものすごい煙と歓声に包まれ、まさに壮観です。





本当に大きい香炉ですね!!

「キリストに出会った旅」

マリア・セシリア I.Y.


8月19日、神田を主に、北海道、秋田、明石、又都内の各教会からの方々、総勢26名、空港でまず旅の無事を祈って、エアフランス機に乗り込んだ。トレドの大聖堂でのミサに始まり、毎日ミサにあずかった8日間は、ともすればマンネリに陥りがちな、心もとない私の信仰を再確認する日々だった。

訪れたサンチャゴ・デ・コンポステラや、レオン、ブルゴスの大聖堂は、皆200年もかけて建築されたもので、ロマネスク、ゴシック、又、時に侵略して来たアラブの様式迄混ざった大建築だった。今から千年近くも前に、どうやってこれ程の大建築を造り上げたのか想像もつかないが、人が神に憧れ、神を求める時、人の力以上のものが引き出されることを、実感させられるものだった。

気の遠くなる程の時間、多くの人々が祈り続けた場所は、足を踏み入れると、自分が中世に居る様な、不思議な空気を漂わせている。薄暗い回廊をよく見ると、ティントレットやムリリヨと云った大画家の作品がひっそりとかかっていたりして、歴史の重さに圧倒された。最後に訪れたルルドでは、グロットとその上に建つ美しいバジリカが、現代の聖地を象徴していた。世界中から集まる病人と、お世話をする一万人のヴォランティアの活動を目の辺りにして、21世紀に我々がめざす方向を示された思いだった。

祈りを共に行動する人々、今だに世界中で勃発している戦争の指導者は、この光景を見てどう思うだろうか。人が他人を排除し傷つけるのではなく、弱い人の為に、ほんの少し力を貸してあげることが、生まれて来た意義ではないか、そこにキリストが生きていて下さると、心から思わされた光景だった。





8月22日(木、サンティアゴ・デ・コンポステーラを後にして、次はレオン(Leon)に来ました。レオンの町にはスペイン3大カテドラルに数えられる、美しいステンドグラスに飾られたゴシック建築の素敵なカテドラルがあります。上の写真がそうです。

右は聖堂正面にあるマリア像で、「白いマリア像」と呼ばれています。それまでの巡礼の道中に疲れ果てた巡礼者達を包み込むような、とても穏やかな表情をしています。

サンティアゴ巡礼路で最大の町レオンは、11・12世紀にはキリスト教徒最大の都市として栄えた町と言われています。ここにはまたサンティアゴと並ぶ素敵なパラドール(国営ホテル)があることでも有名です。



上の写真はレオンの町のレオンで最も古く由緒ある建物、ロマネスク様式のサン・イシドロ教会です。

どっしりとして威厳がありますね。
内部には天井画が美しい地下聖堂などがあります。





イグナチウス・ロヨラ城です。聖イグナチオ・デ・ロヨラは、1491年、スペインの北、フランスとの国境に接するバスク、ロヨラ城で生まれました。

彼が誕生した年の1年前にはコロンブスのアメリカ大陸上陸、国内ではスペイン最盛期の幕開けの時期でした。教会では内部改革が急務とされていた時代でした。

聖ロヨラは、スペイン軍に属してフランスと戦っていた際に、足に砲弾を受けて大怪我をし、それをきっかけに、現世の栄光よりも神の栄光を思うようになり、キリストの生涯についての瞑想の方法を、確立したと言われています。




アストルガは標高869 メートル、人口14,000人ほどの町です。
町の一段高いところに、司祭館が見えます。この写真がそうですが、これは、かの有名なガウディの作品です。

この司祭館は1889年に建築が開始され、3階の一部はまだ未完成だそうです。現在は巡礼博物館となっていて巡礼に関する様々な展示があるそうです。

素敵な司祭館ですね!!






こちらは、横からの眺めですね・・。

次の巡礼の町は、ブルゴスです。ここにもスペイン三大カテドラルの一つと言われる素晴らしい大聖堂があります。上の写真がそれです。

因みに三大カテドラルは普通、トレド、ブルゴス、セビリヤを言いますが、先ほどのレオンの大聖堂を入れる場合もあるそうです。いずれにしても、どれも感嘆の大聖堂です。

下のの写真は街の中心部です。






「神様との出逢いを求めて」

マリア・ロザリア I.K.


聖地巡礼、それは私にとって神様との出逢いを求める旅であり、祈りを捧げ神様からのメッセージを受け取ることを目的とする旅です。聖地のエネルギーに包まれる時、二千年の時を超えて人類が愛してやまなかった神様の存在を全身全霊で感じ、魂を揺さぶられる様な感動を覚えます。

カトリック三大聖地の一つ、サンティアゴ・デ・コンポステラは、エルサレムやローマとは全く違った霊的空間でしたが、それでもやはり神様との出逢いを果たすことが出来たのは、この地が神様の愛する地の一つに他ならないからでしょう。神様は意外性に満ち、その愛の大きさははかり知れません。神様との出逢いは私の心の糧となり、深い信仰体験となって心に刻みつけられました。

巡礼の最後の目的地・ルルドでは、水浴に与る恵みを頂きました。普段は一滴の水でさえ大切に飲ませて頂いているルルドの水に全身で浸かる事が出来たのは、夢の様な至福の想い出です。3時間の待ち時間の間、世界各地から来た巡礼者と共にロザリオの祈りを捧げ、世界が一つになったような一体感の中でその時を迎えました。朝暗いうちに訪れた聖母出現の洞窟では、マリア様の声を聴きマリア様の香りに包まれました。それぞれの地で神様との絆を新たにし、神様との契約を思い起こすことが出来ました。

神様の愛、それに改めて気付かせて下さったこの巡礼の企画者・稲川神父様に心から感謝申し上げます。




ザビエル(ハビエル)城です。神田教会の守護聖人である、聖フランシスコ・ザビエルはナバラ王国の貴族の家の子として、パンプローナから約50km南東のザビエルという村にあるこのザビエル城で、1506年に生まれました。

下の写真は、ザビエル(ハビエル)城の前の稲川神父様です。







ザビエル城内部にある建物の模型です。




ザビエル城の聖堂内部です。
簡素にして美しい聖堂内部をご覧下さい。



「御血、御水は渇くことがない」

マリア・ロザリア T.A,


スペインの地、トレド、サンティアゴ・デ・コンポステラ、レオン、ブルゴス、ハビエル城、ロヨラ城、フランスのルルドの大聖堂、礼拝堂、そして修道院のそれぞれを彩る、眩いばかりのステンドグラスや天蓋を見上げては、ポッカリ口をあけそして息を呑んだものだ。顕示されたすべての十字架が、わたしの心を揺さぶる。

十字架上のキリストはリアルで象徴的で、脇腹から流れ出る御血、御水を私は黙想していた。その時、4福音書の十字架上のイエズスのあの臨終の御ことば『エロイ(リ)、エロイ(リ)、ラ(レ)マ、サバクタニ』は、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」(マタイ、マルコ)、「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます。」(ルカ)「すべてが終わった。」(ヨハネ)の箇所が頭から離れなかった。

見るもの総てが荘厳で、私はことばを失った。その都度あの事実が私にある想いを駆け巡らせた。それは《イエズス・キリストは、あがない主として私たちの罪を背負って息絶えた。しかも十字架の上で苦しみの試練を経て。そして3日目には復活して人類の救い主となられた。》という事実。御子をこの世にお遣わしになった神の愛に応えようと、当地の人々は大聖堂の建造物、礼拝堂、燦然と輝く顕示物やご像や絵画、彫刻に、中世のボタフメイロという儀式にと、それらの創作を神に祈り捧げたのだろう。

万物の創り主に対しこの世であらんかぎりの力を出し切った先人達の遺作は、時代を越えて尚現代人の心を打つ。神を讃美し、感謝の極致のゆえだから。人類の智恵と傑作は、信仰から生まれ出る確信を私は得ることができた。巡礼の間の私たちの魂の興奮は、今や落ち着きと安らぎに変わり、抱えていたこころのわずらいに救いを見出した。心から神に感謝したい。

毎朝ごミサでご聖体の秘跡に与かり意向を祈り、歌い、普通では到底経験出来ないボタフメイロのごミサの参列やルルドのローソク行列式の聖歌隊に参列へ導きいただきました稲川神父様と多くの優しい人々の出会いを宝に、巡礼を準備くださった方々、送り出してくれた夫、そして家人と友人と世界のできごとに主の平安を祈りたいとおもう。





巡礼の旅も終わりに近づいて来ました。
いよいよ最後の地、ルルドです。

ルルドは、フランスの西南、スペインとの国境近くのピレネー山脈の奥地にある町です。

今からおよそ140年前(1858年)、キリストの御母、聖マリアが町外れの洞窟でベルナデッタという少女にお現れになって、世界の人々の改心のため、また平和のためにロザリオの祈りをするようにお勧めになりました、とされています。

ルルドには毎年500万人にものぼる巡礼の方が訪れます。
下の写真は聖堂の内部です。ステンドグラスが美しいですね。


  







ルルドの有名なグロット(洞穴)のマリア様です。

フランス、ピレネー山脈の麓に位置する小さな村ルルド。その町の郊外にあるガブ川という川の中央に、シャーレ島という名の島があります。

川の流れがこの島によって分かれ、再び合わさる所に大きな岸壁がきりたっています。

その岸壁に、聖母御出現の場として、名高いマッサビエールの洞窟があります。そして、その洞窟の入口に、ルルドの泉あります。

ルルド聖堂下です。






これは有名なパリのノートルダム寺院です。

旅の最後ですね・・・。