中国・上川島での臨終の聖ザビエル



この絵は1906年プラハにて描かれたもので、中国本土の宣教を目指した東洋の使徒 聖フランシスコ・ザビエルがその途上で病に倒れ、中国・上川(サンチェン)島で臨終を迎えた時の姿です。

1996年、ケルン教区長・マイスナー枢機卿様から東京教区長・白柳枢機卿様に東京−ケルン教区の友情の証しとして贈られました。

2002年はザビエル帰天450年にあたり、白柳枢機卿様のご意向により聖フランシスコ・ザビエルに捧げられたこの神田教会にこの絵が保管・展示されることになりました。

2002年ご復活の大祝日に公開され、8月15日(木)のザビエル来日記念の日に安置され御祝別が行われました。


2002年8月15日(木)の御祝別


上川島は広東(現在の広州市)から南へ約150キロ・中国大陸の珠江三角州と呼ばれる海に浮かんでいます。1522年、中国は外国人追放令を出して鎖国状態になりましたが、ザビエルはいずれ鎖国をやめた時の中国本土への布教に新しい希望をもって、上島に来たのです。

しかし精神的な苦労と健康を害し、ついに病に倒れてしまいます。ザビエルは砂浜の上に仮小屋を建ててもらい最後まで病と闘いながら、密貿易を行って捕らえられたポルトガル人の釈放のために祈り働き、中国の人々をキリストの福音で救う情熱と希望を捨てませんでした。しかしザビエルは1552123日未明46歳の短い生涯を終え、神のみもとへと旅立ちました。

    「わが罪と過ちを許したまえ」

   「ダヴィデの子イエズスよ あわれみたまえ」

   「おとめマリア わが母マリア 守りたまえ」

ザビエルは天をみつめ 何度もうわごとをくり返し バスク語で祈っていたと思われます。
                
               (ザビエル臨終の言葉より)