カトリック神田教会の聖母像の由来
この聖母像には「絶えざるお助けの聖母」という名前があります。このご像はローマの聖アルフォンソ教会に今も保管されているイコン画をもとに製作されたもので、日本の教会では数少ないものです。
(聖母の手を両手で握っている幼子の姿は聖母子の絆の深さを表し、脱げ落ちそうになっているサンダル は私たち人間の弱さを象徴しています。)
聖画の由来
「絶えざるお助けの聖母」の原画は板の上に書かれたビザンティン式の絵で、非常に古いものであり、クレタ島で長い間崇敬を受けていましたが、15世紀にローマに移されました。聖母はたびたび出現して、ローマで崇敬を受けたいと 望まれ、「絶えざるお助けの聖母」というみ名を告げ、聖マタイ聖堂を指定されました。聖画は3世紀の間、この聖堂に置かれ、多くの人々がここを訪れました。
1798年、フランス革命の際に、聖マタイ聖堂は破壊されましたが、幸い聖画は、聖堂を守っていたアウグスチノ会の修道者たちに救い出され、彼らはこれを会のある小聖堂に運び保管しましたが、このことは一般には知られていませんでした。しかし1866年、聖画は摂理的な出来事により見出され 、時の教皇ピオ9世のご希望で、レデンプト−ル教会の創立者アルフォンソにささげられた聖堂において、再び崇敬を受けることになりました。
それはこの聖堂が以前の聖マタイ聖堂の跡に建てられたからです。それ以後この聖画にはいろいろの奇跡が起こり、そのため多数の人が特に「絶えざるお助けの聖母」というみ名をもって 聖母に祈るようになりました。