聖歌点描(2)
「カトリック聖歌集」 神田教会では2種の聖歌集が使われています。その一つが黒表紙の「カトリック聖歌集」。主に閉祭の歌に使われていますが、最近ではだんだんその頻度も少なくなってきました。もちろん、それは神田教会だけの現象というわけではなく、全国的な傾向です。が、昔からの信徒、つまり横長・ワインカラーの「典礼聖歌」が普及する以前の教会生活になじんだ方にとっては、少しさびしいことかもしれません。
一方若い人の、「歌詞が古くてよく分からない」という声もよく聞きます。この「カトリック聖歌集」が10年かけて編集され、出版されたのが1966年1月。光陰矢のごとしで時代が変わっていますから、理解できないのもムリありません。
例えばクリスマスによく歌われる652番の「あめにはさかえ」。その後に「みかみにあれや つちにはやすき ひとにあれや」と続きますが、確かにこのままでは、現代っ子には、分かりにくいことでしょう。「あめ」と「つち」という文字から、たちどころに「天と地」の対比を想起できる人は、そう多くはないはずです。逆に、2番の歌詞の「いやしきしずの おとめにやどり」をそのままに歌ったら、意味の分かるフェミニストや差別語に敏感な人から、強硬な反発を受けるでしょう。
この曲は、プロテスタントの「讃美歌(日本基督教団発行)」と共通のものなので、近年改編された「讃美歌21」と較べてみました。するとそこが「聞け、天使の歌、み子には栄光、地には平和あれ、世の人々に・・・」と原詞に忠実な口語訳、「賤(しず)のおとめ」が単に「おとめ」に変えられていました。
どこでもことばの感覚の違いは、世代間の相克を生みやすく、やっかいな問題となっているようです。 特にカトリックの場合は、こうした文語と口語の違いに加え、ラテン語と日本語の歴史的な断絶があるため、悩みは深刻です。
ご承知のように「カトリック聖歌集」にはグレゴリオ聖歌をはじめ、多くのラテン語の典礼歌が掲載されています。これは単にカトリック教会の貴重な伝統というばかりでなく、全人類にとっての貴重な財宝ともいうべきもので、それらが埋もれてしまうのは悲しいことです。
もちろん懐旧的に「カトリック聖歌集」を重用しようと主張するものではありません。ただ、その聖歌集を編まれた改訂委員の方々(委員長・パウロ古屋義之・京都司教−当時)の精神を忘れないでおきたいと思うのです。それは単に西欧の典礼楽の至宝を集めたというだけではなく、日本人による創作聖歌とプロテスタントとの共通聖歌を採用したことでも画期的なものでした。
歴史的には開国後、再び日本に遣わされた宣教師たちによって、さまざまな日本語による聖歌集が刊行されましたが、それらはすべてフランスとドイツで用いられていた聖歌の歌詞を翻訳したものです。一番古い「きりしたんのうたひ」という聖歌集が世に出たのが、1878年(明治11年)のことですから、日本人の創作曲など思いも及ばぬ時代です。それから約90年の時を隔てて、初めて日本人の創作聖歌が採用されるようになったのです。
その一例として11番をあげておきましょう。「カトリック聖歌集」の作詞・作曲者は不明のものが多いのですが、最近ではエリザベト音楽大学(広島市)での究明が進み、少しずつ出典が明らかになってきています。
それによると作詞者はカトリック司祭の戸塚文卿師(1892-1939/外科医・文人としても知られる小金井−桜町病院の創設者)、作曲者は山本直忠氏(1904-65/3年前に亡くなったご子息・山本直純氏と共に高名な、親子2代にわたる作曲・演奏家)となっています。そして、この曲は元・上智大学のホイヴェルス学長の創作戯曲「日本26聖人」を映画化する際に、委嘱をうけて作曲されたものと伝えられています。
「カトリック聖歌集」の歌詞は、かなり分かりやすい文語に翻案されていますが、その前身である「公教聖歌集」に載った原詞は、次の通りです。
1 なべての民よ こゑあげよ
なべての国よ うたへかし
御(み)神の稜威(みいつ)の 尽(つ)きざるを
教えの真理(まこと)の たえざるを
2 三位にいます ひとりの主
とはのみ栄え あれよかし
始めに在(おは)しし そのごとく
今も後の世も とこしへに
これは日本語のリズムを生かした7575調でまとめられ、格調高く詩編117番を歌い上げた名曲です。しかし、やはり時代のずれを感じるのは否めません。今は格調や品格よりも、やさしさや親しみが求められている時代と思うからです。
しかし、戸塚師や山本氏等が残した日本独自の聖歌を生みだす意欲と力、さらにはそれらをプロテスタントの兄弟姉妹たちとも同じ心で、一致して高らかに神様を讃美する「カトリック聖歌集」の精神は、今、最も必要とされていることではないでしょうか。時代に即した「新しい歌(詩33-3)」が、常に求められるゆえんです。ただしその際、「温故知新(古きをたずねて、新きを知る)」という格言を忘れないようにしたいものです。
(文責 K.O.)