聖歌点描(3)


『典礼聖歌』−答唱詩編

  先日、はじめて神田教会を訪れた知人から「『典礼聖歌』の歌い方がわからない」といわれましたので、次のように話ました。

―  先ずは「答唱詩編」のことから。

 聖堂右手前方の電光掲示板を見てください。そこに例えば「テ 70」とでていたら、手許の「『典礼聖歌』70番をお開きください。ご一緒に歌いましょう」という意味です。ちなみに、それが「カ 123」であれば黒表紙の「カトリック聖歌集123番」を意味します。

 さて『典礼聖歌』の70番(90ページ)を開くと左肩に「70〜2」とあります。それは、70,71,72各番号に共通する譜面であることを意味します。最上段にある譜は「答唱」といって、各番号いずれの場合にも使われる曲です。仮にこれを(ア)とします。その下にある譜が「詩編」唱といって、旧約聖書の詩編を朗唱する曲です。これを(イ)とします。70番の場合には、その歌詞が4節で構成されていますが、その4節は続けて歌うのではなく、左から右ページにかけての1節を歌い終わる度にすぐ上の「答唱」に戻り、その後で第2節を歌い、以下同順で最後にもう一度「答唱」を歌って終わりになります。つまり(ア)⇒(イ)⇒(ア)の順で4回繰り返すことになります。答唱は左側の単声譜で斉唱(ユニゾン)しても、右側の合唱譜で、自分の声域にあうパートを歌っても、どちらでも構いません。

  これはラテン語によるグレゴリオ聖歌時代からのアンティフォナ(交唱)という様式を受けついだもので、「答唱」と「詩編」を組み合わせて歌うため、「聖書と典礼」の目次には「答唱詩編」と書かれています。

  通常、詩編の部分は先唱者または聖歌隊によって歌われます。従って「聖書と典礼」には答唱(ア)の譜しか印刷されていないのです。 答唱の「答」には二つの意味があります。一つは先唱者と会衆が心をあわせ、互いに応答し、唱和するということ、他の一つは、この歌を歌う直前に読まれた第一朗読の「ことば」に呼応するという意味です。

  すなわち、第一朗読が旧約聖書の預言や教訓などを通して、神から人間への語りかけを内容としているのに対し、答唱詩編はそれに対する人間−私たちから神への応答であり、それが後に続く「アレルヤ唱」にこだまし、新約の福音朗読と響きあう関係になります。

  詩編は全部で150編あり、紀元前300年頃に編集されたものといわれていますが、まさしく「神の民の歌、祈り、黙想の書」であり、キリスト者の礼拝や日常生活に欠かせません。従って、さまざまな機会に読まれ、歌われ続けてきたわけですが、カトリック教会の伝統に従えば、この『典礼聖歌』70番は、「信頼」「回心」「寝る前の祈り」「復活3B」の際に用いられるよう指定されています。

  それは上・下段の譜の中間に、小文字で詩編4・2 3+4・・・などの後に書かれています。「復活3B」とあるのは「復活第3主日のB年用」という意味で、B年とは毎主日(日曜)のミサで朗読される福音が「マルコによる福音書」を基本とする年を指しています。今年は「マタイによる福音書」を基本とするA年ですが、来年がB年、再来年が「ルカ」のC年、その翌年がA年という具合に循環します。

  なお詩編4・2 3+4 5+6 8+6とあるのは、4節ある各詩編唱に対応する聖句の原典箇所を示すものです。すなわち「詩編4・2」とあれば「70番1節の歌詞は、詩編第4編第2節に基づく歌詞であり、2節は同3と4節、3節は同5と6節、4節は同8と6節に基づく」歌詞という意味を表わします。歌詞は原典の聖書を文学的、音楽的に詩文化したものですから、時には聖書の真意を離れ、一人歩きしてしまうこともあるでしょう。しかし、原典聖書を味読した上で詩編唱を歌うことが奨励されているため、ここにその出典が明記されているわけです。

  「答唱」部分は出典が記されていませんが、これは同じ詩編第4編第7節に基づく歌詞です。聖書では「主よ、私たちにみ顔の光を・・・」となっていますが、この詩編唱では「神よ あなたの顔の光を・・・」となっています。この出だしのことばさえ覚えておけば、後でもう一度歌いたくなったとき、『典礼聖歌』の後ろについている「冒頭句索引」をひいて、その聖歌番号を知ることができます。 『典礼聖歌』にはもう一つ分かりくい箇所があります。それは右上に印刷されているCLとかTSといったアルファベット2文字です。上段が作詞者、下段が作曲者を示す略号ですが、これについては次号でご説明します  

(文責 K.O.)