聖歌点描(9)
カトリック聖歌集171番
「いばらの かんむり」
この曲は「カトリック聖歌集」ばかりでなく、昔から教派を問わず世界中の教会で歌われてきた、有名な聖歌の一つです。 特にその名を高からしめたのは「マタイ受難曲」という比類なき教会音楽のおかげかと思います。バッハ(1685-1750)がその要所に5回もこの聖歌を起用し、一度聞いたら忘れることのできない、強い感銘を与えたからです。しかしバッハ自身がこの曲を作詞・作曲したわけではありません。そこに至るまで既に約500年、それから今日までの約300年!その秘められた歴史を辿(たど)ってみましょう。
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昔むかし、フランス中北部のシャンパーニュ地方にベルナルド(フランス語でベルナール/c.1090~1153年)という偉(えら)い修道院長がおられました。18歳でシトー会に入り、25歳でクレルヴォー大修道院長となり、終生その地位にあって聖徳をまっとうし、1174年に列聖され、1830年には教会博士の称号を授けられた聖人(記念日/8月20日)です。そしてこの方が、「十字架上のイエスに向かう祈りと讃美の儀式」を創始され、12世紀以降、全ヨーロッパのシトー会修道院(その数約1800とも)で盛んにとり行われるようになった、ということです。
―――――修道士たちはひれ伏し、祈り、黙想し、目前に置かれた聖像の、十字架上の主に向かいます。そして足から膝、手、脇腹、胸、心、顔へと徐々に視線をあげ、身体を起こしつつ、それぞれの体の部位に応じた、10節からなる長編の「Rythmica
Oratio祈りの韻文」を唱えていくのです。部位が7つで詞節は各10節、合計70回の朗唱。不自然な姿勢を保ちながらの、これは大変な苦行だったと思います。しかし聖ベルナルドの説教集には「苦難の襲うとき、(神は)彼と共にいる(詩91:15)」という示唆もあることから、主のご受難を単に黙想するだけではなく、実際に自らの体の痛みを通して主の痛みを偲(しの)び、遂には合一の喜びに達することに目的があったのかもしれません。聖ベルナルドは当時頽廃(たいはい)していた修道院生活を、自らの身体に鞭(むち)打ち、率先して刷新された改革者でもあったからです―――――
その「祈りの韻文」が、「カトリック聖歌171番」の歌詞の底本になっているのですが、原文にはむごい磔刑(たっけい)の情景とは裏腹に、あたたかい親愛の情がこめられています。それは、歌詞の冒頭に「Salveサルヴェ」ということばが付されていることに暗示されています。
例えば「顔」に向かう朗唱は、“Salve caput cruentatum”と始まります。「Salveサルヴェ」は「Aveアヴェ」と同じく、ラテン語で「こんにちは」とか「喜び迎える」といった歓迎の意を表わす挨拶(あいさつ)で、“caput
cruentatum”は「血まみれの頭(こうべ)」を意味します。妙な気がしませんか?いったい誰がそのように無惨(むざん)な遺体と親しい挨拶を交(か)わすことができるでしょう?普通なら目をそむけ、逃げるようにその場を去っていくのではないでしょうか?
しかし聖ベルナルドは、この儀式によって<「それほどまでに世を愛された神(ヨハネ3:16)」のお姿を正視し、その愛に見(まみ)えよ>と教え諭(さと)したのではなかったか。つまり原詞の主眼は、酷(むご)い姿を悼(いた)むことよりも、そこに示された神の愛の祝福を感受させることにあった、と思うのです。
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やがてこの詞は山奥の修道院を出て、ヨーロッパ各地に広まっていきました。特に17世紀後半のドイツで尊重され、2つの重要な音楽的果実をうみだしました。その一つがディートリッヒ・ブクステフーデ(1637-1707)作曲の「Membra
Jesu Nostri我らのイエスの肢体」という教会カンタータ(BuxWV 75)です。デンマークに生まれ、後に北ドイツ・リューベックで最大の聖マリア教会オルガニストとして活躍したブクステフーデは、その地でこの「祈りの韻文」に注目し、原詞にかなり忠実な、7曲で一まとまりの連作カンタータを作曲したのです(1680年)。かなり、というのは原詞が70節もあったのに、この曲ではそれが30節に圧縮されている、という意味です。それにしても答唱詩編を加えて、全曲で約1時間を要する大曲ですから、原詞70節全ての朗唱がいかに長大なものであったかが分かろうというものです。
とはいえこれは非常な名曲で、聴きこんでいくと、日頃は何げなく見過ごしている十字架のイエスが、あたかも眼前(がんぜん)にいきいきと現存しておられるように感じさせられます。
ブクステフーデは、若き日のヘンデルやバッハが遠く中部ドイツから旅して私淑(ししゅく)したほどの大人物でしたから、その音楽は彼等にも大きな影響を及ぼしました。そしてその作品は、今日もすたれることなく演奏され続けているのです。この曲もその一つで、CDではトン・コープマン指揮の名演が光っています。
その最終楽章、第7曲「Ad Facem顔へ」の部分は次のように構成されています。聖ベルナルドが指導した、古(いにしえ)の儀式の様子が彷彿(ほうふつ)としてきます。
①Sonata(器楽による簡潔な導入曲)
②Concerto(5声部合唱/詩編31:17) あなたの僕(しもべ)にみ顔の光をそそぎ、 慈しみ深く、私をお救いください。
③Aria(3重唱/マタイ27:27-30) 喜び見(まみ)えん 血まみれのみ頭(かしら) 茨(いばら)で編まれた冠(かんむり)をかぶらされ、
侮辱(ぶじょく)され、傷つけられ、 葦(あし)の棒で叩(たた)かれ、 お顔は唾(つば)に塗(まみ)れ、汚(けが)されている。
④Aria(独唱) 私が死ぬまで共にいてください、 見放さないでください、 恐ろしい死の時に、 来てください、イエス様、遅れずに、 私を見守り、お救いください。
⑤Aria(5声部合唱) み旨によってこの世を去る時、 愛(いと)しいイエス様、お姿を現わしてください、 愛をこめ、抱(いだ)かせてください、 その時 自らそのお姿をお示しください、 私たちに救いをもたらす十字架の上に。
⑥Concerto(5声部合唱/終曲) アーメン。
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一方、聖ベルナルドの原詞(後世、その弟子の手によるものと判明)は、今年生誕400年を迎えるパウル・ゲルハルト(1607-76/ドイツ最高の詩人の1人でベルリンのルター派・ニコライ教会牧師でもあった)のドイツ語全訳によって、新たな光・新しき歌となりました。そして、その第7部――イエスの「顔」に相当する部分10節が、「Praxis
Pietatis Melica歌による敬虔(けいけん)の訓練/1656年」というコラール集に掲載され、ドイツ各地のプロテスタント教会に紹介されました。それが「O
haupt voll Blut und Wundenおお 傷つき血まみれのみ頭」と始まる厳粛(げんしゅく)な詞であったので、四旬節に歌う最適の会衆歌として推奨されたのです。
ところでそのメロディーは、実はハンス・レオ・ハスラー(1562-1612/南ドイツを中心に幅広い分野で活躍した音楽家)が1601年に作曲した「わが心 千千(ちぢ)に乱れ」という恋歌でした。こうした世俗曲または民謡を聖歌に転用した例はこの他にも多々ありますが、それは聖歌を一般会衆に親しみやすく、歌いやすいものにする施策の一つであったと思われます。ことに楽聖バッハがこれを中核とした「マタイ受難曲」を作曲(c.1729年)したことで、その原曲は完全に浄化され「Passion
Choral受難のコラール(聖歌・讃美歌)」として定着しました。バッハの音楽は歿後埋(う)もれてしまいましたが、百年後にメンデルスゾーンが「マタイ受難曲」を蘇演(そえん)し、再び脚光を浴びるようになりました。そしてゲルハルトの訳詞が各国語に重訳され、急速にこのコラールが世界中に普及した、というわけです。
厳密にいえばハスラーの原曲とバッハが用いたコラールのメロディーは少し違います。しかし現在では世界中、どの聖歌・讃美歌集でも後者の簡潔なメロディーが定番になっています。バッハの影響の大きさを物語る一事といえましょう。
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こうしてメロディーは定着したものの、歌詞にはさまざまなヴァリエーションが生まれました。ドイツ語圏のカトリック教会では、ゲルハルトの訳詞から7節だけを抜粋し、「エキュメニカル(超教派)聖歌」として歌っています。日本の「カトリック聖歌171番」は、これをさらに要約した3節のみとなっています。時代の変遷(へんせん)とともに、歌詞は意訳され、抄訳され、原型をとどめるものは殆どありません。ちなみに、日本のルター派教会が用いる「教会讃美歌」では5節、日本基督教団の「讃美歌21」でも6節しかありません。
ただ、ゲルハルトのいたドイツ・ルター派教会では、さすがにその訳詞全10節を、今でもオルガン間奏も交えて長々と歌っています。ある時、その会衆の中に嗚咽(おえつ)をこらえながらも、必死に歌いついでゆく人の姿を見受けました。後でその方とお話したところ「このコラールを歌っていると悲しみよりも、むしろ喜びに涙あふれる」とのことでした。それこそ聖ベルナルドの「Salve」の精神がにじみ出たことと、深い感銘を覚えました。以下はその全10節の大意です。原詞の韻律や語順にとらわれずに意訳したもので、原文は「Evangelisches
Gesangbuch/1996年」という、ドイツ福音教会(ルター派)の一般的な讃美歌集に掲載されているものです。
現代日本の聖歌・讃美歌集では分かりにくい、聖ベルナルドの真意や、詩聖ゲルハルトの信仰を考証していただければ幸いです。
①おお 傷つき血まみれのみ頭(かしら) 最高の栄冠こそふさわしいのに 激しい痛みと嘲(あざけ)りを受け 茨の冠をかぶらされ 嘲笑され 今は極度の侮辱(ぶじょく)にさらされている どうか私に そのお顔をお向けください!
②気高いお顔のみ前に この世の全ては 恐れ恥じ入るべきなのに どうして あなたは唾吐きかけられ 青ざめておられるのか! 比類もなきその眼光を
これほどに卑(いや)しめたのは誰か?
③その頬と赤い唇の色は失せ 青白い死の力が 全てを奪い去り あなたの体力は 失われてしまった
④こうして主は、私に代わり 全ての重荷と犯した罪を負(お)ってくださった ここに立つ お怒りを受けて当然な 惨(みじ)めな私にお目をおとめください
おお あわれみの主よ その慈(いつく)しみの眼差(まなざ)しを お向けください
⑤私の守護者また牧者 私に目をとめ お受けいれください 善の源である あなたによって 数々の善がなされました その口は 乳と甘い食物で私を元気づけ
その霊で 私は天上の喜びに満されました
⑥私を見捨てず、お傍にいさせてください あなたの心臓が止まり み頭にも死が襲ったら 私はそのご遺体を わが胸と膝で 抱きとめます
⑦救い主と共に苦しむことは 私の喜び また心に幸いをもたらすこと もし生涯を この十字架にかけ 私の命を捧げることができるなら 何とすばらしいことでしょう!
⑧心から あなたに感謝します おおイエス 最愛の友 その死の痛みこそ 最高の善意の証 その真実に生き 冷たい骸(むくろ)となる時 あなたの内に 受けいれてください
⑨この世を去る時 離れずにいてください 死苦にあえぐ時 ご出現ください 不安に苛(さいな)まれる時 あなたの憂いと痛みのお力で 救い出してください
⑩死の時の盾(たて) また慰(なぐさ)めとなってください 十字架の苦しみにあえぐお姿を 信仰に満ちて仰ぎ見 心に刻み 死んでいける者は幸いです
(文責 K.O.)