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神の母聖マリア 2005.1.1 マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、 思い巡らしていた (ルカ 2.19より) ルカによる福音(ルカ 2・16−21) 〔そのとき、羊飼いたちは〕 急いで行って、マリアとヨセフ、 また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。 その光景を見て、〔彼らは、〕 この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。 聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。 しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。 羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、 神をあがめ、賛美しながら帰って行った。 八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。 これは、胎内に宿る前に天使から示された名である。 |
主の公現 2005.1.2 主の栄光はあなたの上に輝く (イザヤ 60.1より) マタイによる福音(マタイ 2・1−12) イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。 そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、 言った。 「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。 わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」 これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。 エルサレムの人々も皆、同様であった。 王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、 メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。 彼らは言った。 「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。 『ユダの地、ベツレヘムよ、 お前はユダの指導者たちの中で 決していちばん小さいものではない。 お前から指導者が現れ、 わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」 そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、 星の現れた時期を確かめた。 そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。 わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。 彼らが王の言葉を聞いて出かけると、 東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。 学者たちはその星を見て喜びにあふれた。 家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。 彼らはひれ伏して幼子を拝み、 宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。 ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、 別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。 |
主の洗礼 2005.1.9 「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」 (マタイ3・17より) ![]() マタイによる福音(マタイ3・13−17) そのとき、イエスがガリラヤからヨルダン川のヨハネのところへ来られた。 彼から洗礼を受けるためである。 ところが、ヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った。 「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、 あなたが、わたしのところへ来られたのですか。」 しかし、イエスはお答えになった。 「今は、止めないでほしい。 正しいことをすべて行なうのは、我々にふさわしいことです。」 そこで、ヨハネはイエスの言われるとおりにした。 イエスは洗礼を受けると、すぐ水の中から上がられた。 そのとき、天がイエスに向かって開いた。 イエスは、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのをご覧になった。 そのとき、 「これはわたしのの愛する子、わたしの心に適う者」 と言う声が、天から聞こえた。 |
年間第2主日 2005.1.16 「"霊"が鳩のように天から降って、 この方の上にとどまるのを見た」 (ヨハネ1・32より) ![]() ヨハネによる福音(ヨハネ1・29−34) 〔そのとき、〕ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。 「見よ、世の罪を取り除く神の子羊だ。 『わたしの後から一人の人が来られる。その方はわたしにまさる。 わたしよりも先におられたからである。』 とわたしが言ったのは、この方のことである。 わたしはこの方を知らなかった。 しかし、この方がイスラエルに現れるために、わたしは、水で洗礼を授けに来た。」 そしてヨハネは証しした。 「わたしは“霊”が鳩のように天から降って、この方の上にとどまるのを見た。 わたしはこの方を知らなかった。 しかし、水で洗礼を授けるためにわたしをお遣わしになった方が、 『“霊”が降って、ある人にとどまるのを見たら、 その人が、聖霊によって洗礼を授ける人である』 とわたしに言われた。 わたしはそれを見た。 だから、この方こそ神の子であると証ししたのである。」 |
年間第3主日 2005.1.23 「悔い改めよ。天の国は近づいた」 (マタイ 4・17より) ![]() マタイによる福音(マタイ4・12−23、または4・12−17) イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。 そして、ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町 カファルナウムに来て住まわれた。 それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。 「ゼブルンの地とナフタリの地、 湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、異邦人のガリラヤ、 暗闇に住む民は大きな光を見、 死の影の地に住む者に光が射し込んだ。」 そのときから、イエスは、 「悔い改めよ。天の国は近づいた」 と言って、宣べ伝え始められた。 《イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、 二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、 湖で網を打っているのをご覧になった。 彼らは漁師だった。 イエスは、 「私について来なさい。人間をとる漁師にしよう」 と言われた。 二人はすぐに網を捨てて従った。 そこから進んで、別の二人の兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、 父親のゼベダイと一緒に、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、 彼らをお呼びになった。 この二人もすぐに、舟と父親とを残してイエスに従った。 イエスはガリラヤ中を回って、諸会堂で教え、 御国の福音を宣べ伝え、また、 民衆のありとあらゆる病気や患いをいやされた。》 |
年間第4主日 2005.1.30 「心の貧しい人々は幸いである、 天の国はその人たちのものである」 (マタイ 5・3) ![]() マタイによる福音(マタイ5・1−12) 〔そのとき、〕イエスは群集を見て、山に登られた。 腰を下ろされると、弟子たちが近くに寄って来た。 そこで、イエスは口を開き、教えられた。 「心の貧しい人々は、幸いである、 天の国はその人たちのものである。 悲しむ人々は、幸いである、 その人たちは慰められる。 柔和な人々は、幸いである、 その人たちは地を受け継ぐ。 義に飢え渇く人々は、幸いである、 その人たちは満たされる。 憐れみ深い人々は、幸いである、 その人たちは憐れみを受ける。 心の清い人々は、幸いである、 その人たちは神を見る。 平和を実現する人々は、幸いである、 その人たちは神の子と呼ばれる。 義のために迫害される人々は、幸いである、 天の国はその人たちのものである。 わたしのためにののしられ、迫害され、 身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、 あなたがたは幸いである。 喜びなさい。大いに喜びなさい。 天には大きな報いがある。」 |