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「心を尽くし、力をつくして神を愛しなさい。
自分を愛するように隣人を愛しなさい。」
「私を動かすのは」
| 1506年4月7日 1525年9月 1530年9月 1533年9月 |
ナパール王国(現在のスペイン北部)の名家、ザビエル家の三男三女の末っ子として ザビエル城にて誕生。 フランシスコと命名される。 パリ大学に入学。 1年の予備教育の後、三年半ほど哲学の勉強をし、学士の称号を受ける。 ザビエルの人生に大きな影響を与えることになる、イグナチオ・ロヨラが同室に移り住んでくる。 イグナチオにより大回心をする。 特に、”たとえ全世界を自分のものにしたとしても、己の精神を失ったら、なんの利益があるだろう” (マタイ第16章26節)という言葉に強く心を打たれる。 |
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| 1534年8月15日 1537年6月24日 1540年9月27日 1541年4月7日 1542年5月 |
パリのモンマルトルにてロヨラやファベールと共に神の教えを世界に広めていくことを誓う。 (この日は、のちに「イエズス会」の創立日として、記念日になる) ヴェネツィア、サンマルコ大聖堂にて司祭叙階を受ける。 イエズス会が認可される。 ローマ教皇の使命により、東洋へキリスト教の教えを広めるため、リスボンを出航し、インドへと向かう。 長い航海を終えて、インドのゴアに到着する。 その後、カリカット、コチンなどの西海岸の各地、南端のコモリン岬、さらに東海岸の マナパール、ツチコリン、セイロン島(現在のスリランカ)にてめざましい布教活動を行なう。 特に、コモリン岬では、約2万人以上、トラバンコールでは1万人近くの現地人がザビエルから洗礼を受ける。 |
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| 1545年9月 1547年12月 1549年4月14日 8月15日 9月29日 10月10日 1550年8月 10月 12月 1551年1月1日 1551年4月 |
更にアジアの奥地となるマラッカへ宣教に行くことを決意する。 その後、マラッカを拠点とし、ジャワ島(現在のインドネシア)、アンボイナ、フィリピンの南部などに行き、精力的に宣教活動を行なう。 マラッカでヤジロウに出会い、日本宣教を志す。 日本宣教のため、インドのゴアを出発する。 鹿児島の田ノ浦海岸に上陸する。 伊集院にて島津貴久に謁見し、宣教の許可を得る。 イグナチオより、初代インド管区長に任命される。 平戸に渡り、領主松浦隆信に謁見し、宣教の許可を得る。 平戸を出発。博多から下関海峡を渡り、山口へ向かう。 岩国へ向かい、堺につく。 堺から京都へ向かう。 しかし、当時の京都は応仁の乱のために混乱の中にあり、再び山口へと戻っていく。 山口にて大内義隆に謁見し、宣教の許可を得る。 また、大内義隆には厚い保護を受け、日本で最初の教会を建立し、二ヶ月間で約200人が洗礼を受ける。 |
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| 9月 11月15日 1552年2月15日 1552年8月 |
大分の大友義鎮の招きを受け、豊後へと移る。 日本滞在、2年3ヶ月にしてインドの戻る。 インドのゴアに到着する。 中国へ渡るために上川島に到着する。 |
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| 12月3日 1622年3月12日 |
同島にて熱病のため帰天。 (詳しくは臨終の聖ザビエルの絵を御覧ください。) イグナチオ・ロヨラと共に聖人の列に加えられる。 |
参考文献『ヨーロッパ新紀行 ザビエルの旅』 管井 日人著 グラフィック社